文の途中でも流れを読み誤られないように作文することを心がけている

日本語の文では、文末に到達するまで話の方向性が読み切れないことがある。文を読むときに、途中まで読んだところで「あー、はいはい」となっていても、最後まで読み進めると「あれ、そういう話?」という感じになり、流れを読み誤っていたことに後で気づく。人がしゃべるのを聞いているときにはより顕著になる。しゃべる速度は読む速度よりも遅いので、どうしても焦ったくなってしまうものだ。

一方で英語の文では、最初にまずシンプルな表現で言い切ってから、補足的な言葉は後ろに修飾されていくので、大筋から順に話の方向性が確定していく傾向にある。これは便利だと思う。というのもこの形式であれば、言葉のひとつひとつを見聞きしたそばからすぐに解釈を開始できる。つまり、受け手にとっての思考のロスを削減することに加えて、より速く伝えられるようになるはずだ。

僕は日本語の作文においてもそれを実現すべく、言葉が並んでいる順に解釈できる文体を目指している。受け手が思う流れを裏切らないために、まず端的に言い切ったり、倒置法を活用したり、語順や言葉のまとまりを調整したり、などなど。

翻訳作業を経てから意識するようになったことのひとつ。